MY STORY #02
自信がついてから、動くんじゃない。
25歳、自衛隊の6か月で僕が知った「やってみること」の意味
「自信がないから、できない」
何か新しいことを始めようとするとき、そんなふうに思うことはないでしょうか。
僕も、昔から自信があったわけではありません。
人前に出て話すことも苦手でした。
みんなをまとめたり、先頭に立って引っ張ったりすることも、決して得意ではありませんでした。
それでも今振り返ると、
自信がなかったからこそ、やってみるしかなかった。
そして、やってみた経験が少しずつ自信になっていったんだと思います。
そのことを最初に強く経験したのが、25歳で入った自衛隊でした。
「安定」を求めて、自衛隊に入った
前回の記事で書いたように、僕は日産で自動車整備士として働いたあと、25歳で自衛隊へ入りました。
大きな夢があったわけではありません。
当時の僕が求めていたのは、
「安定した仕事に就きたい」
ということでした。
そしてもう一つ。
日産で5年間かけて身につけた自動車整備の技術を、無駄にしたくありませんでした。
せっかく学んできたことをゼロにするのではなく、自衛隊の中でも生かしたい。
僕にとって整備の技術は、
「自分が生きていくための武器」
のようなものだったのかもしれません。
だから僕は、車両整備の仕事を希望していました。
もちろん、この頃の僕は知りません。
日産で身につけた整備技術が、自衛隊だけではなく、ずっと後になってパラオまで僕を連れていくことになるなんて。
このときは、海外で働く未来なんて想像すらしていませんでした。
ただ目の前のことを、がむしゃらにやっていました。
25歳で、初めての「教育生活」が始まった
自衛隊に入ると、すぐに部隊で仕事をするわけではありません。
僕の場合は、まず新隊員として約3か月の教育を受け、その後さらに約3か月の教育を受けました。
合計約6か月。
そこで出会ったのは、18歳から20代半ばまで、年齢も経歴も違う仲間たちでした。
日産で働いていた頃とは、まったく違う環境です。
そして何より大きかったのが、
生活そのものが訓練の一部になる
ということでした。
- 寝る場所も一緒。
- お風呂に入る時間も決まっている。
- 勉強する時間も決まっている。
- 体力も求められる。
- 集団で行動する。
- 自分一人の都合では動けません。
それまで会社員として働いていた僕にとって、初めて経験する世界でした。
正直、ストレスもありました。
25歳になって、ほぼ24時間誰かと一緒に生活する。
簡単なことではありませんでした。
整備ができるだけでは、通用しなかった
日産では、自動車整備が僕の仕事でした。
もちろん接客などもありましたが、基本となる専門は整備です。
ところが、自衛隊ではそうはいきませんでした。
- 体力
- 射撃
- 格闘
- スキー
- 学科
- 集団行動
- 人前で話すこと
- 人をまとめること
- そして本業である整備
いろいろな能力を求められました。
僕は昔から、一つだけ突出してできるタイプではありませんでした。
ある程度のことは、それなりにできる。
でも、
「これだけは誰にも負けない」
というものがあるわけでもない。
人前に出て話したり、統率を取ったりすることは、むしろ苦手でした。
当時はそんな自分を、
「俺って飽き性なのかな」
と思うこともありました。
でも今振り返ると、少し違って見えます。
僕はたぶん昔から、
いろいろなことを経験して、知らなかった世界を知ることが好きだった。
そして、経験するたびに自分の中の選択肢が増えていったのだと思います。
初めて、本物の銃を持った
6か月の教育の中でも、今でも鮮明に覚えている経験があります。
射撃です。
それまで自動車を整備していた僕が、本物の銃を扱う。
当然ですが、そこには大きな緊張感がありました。
銃は、ただの訓練道具ではありません。
扱い方を間違えれば、大変なことになる。
だからこそ、安全について何度も教育を受けました。
そして実際に射撃するとき。
姿勢を整える。
狙いを定める。
呼吸を意識する。
全身を集中させる。
そして――
『パン』
一発一発に、今まで経験したことのない緊張感がありました。
射撃には評価もあります。
何度でも適当に撃って、そのうち当たればいいわけではありません。
自分の癖を知る。
上手な人から教えてもらう。
そしてまた挑戦する。
少しずつ自分の能力を高めていく。
怖さもありました。
難しさもありました。
でも同時に、
できなかったことが、少しずつできるようになる面白さ
も感じていました。
「辛いのは、自分だけじゃない」
もちろん、楽しいことばかりではありませんでした。
重い荷物を背負い、装備を持って山の中を歩くこともありました。
きつい。
疲れる。
もう休みたい。
そんなふうに感じることもあります。
でも、横を見ると仲間がいるんです。
その仲間も、同じように苦しい。
そこで気づきました。
「辛いのは、自分だけじゃない。」
自分が苦しいときは、どうしても自分のことばかり考えてしまいます。
でも、自分だけが頑張っているわけではない。
同じように苦しい仲間がいて、お互いに支えながら進んでいる。
自衛隊では連帯責任という考え方もありました。
自分だけできればいいわけではない。
仲間を守る。
仲間に支えられる。
6か月を一緒に過ごす中で、少しずつ同期との絆も生まれていきました。
僕が精神的に強くなれたのは、
一人で何でも乗り越えられるようになったからではありません。
仲間がいたことも、大きかったと思います。
自信は、どこから生まれるんだろう
教育期間中、休みの日に勉強することもありました。
体力をつけるために走ることもありました。
最初から自信があったわけではありません。
でも、
やってみる。
少しできるようになる。
またやってみる。
昨日より少しできるようになる。
その積み重ねで、体力もつきました。
精神的にも少しずつ強くなりました。
そして何より、
「自分でもやれるかもしれない」
と思えるようになっていきました。
今になって思います。
自信って、
最初から自分の中にあるものではないのかもしれません。
自転車だって、最初は乗れない
これは自転車と似ていると思います。
最初から自転車に乗れる人はいません。
- 乗ってみる
- 転ぶ
- また乗る
- また転ぶ
- それでも練習する
なぜ続けるのか。
「乗れるようになりたい」
と思っているからです。
そして、ある瞬間。
乗れるようになる。
そのとき初めて、
「自分は自転車に乗れる」
という自信が生まれます。
つまり、
自信がついたから、やったんじゃない。やったから、自信がついた。
僕の自衛隊での6か月間も、同じだったのだと思います。
6か月後、「俺、変わったな」と思った
教育が終わる頃。
僕は自分自身の変化を感じていました。
体力もついた。
人との接し方も学んだ。
仲間との絆もできた。
物事への向き合い方も変わった。
でも、一つだけ選ぶなら、
精神的に強くなった。
これが一番大きかったと思います。
日産で働いた5年間にも、もちろん大変なことはありました。
社会人として働く厳しさも教えてもらいました。
だから、どちらが大変だったという話ではありません。
ただ、自衛隊の6か月間では、それまでとはまったく違う形で、
自分自身と向き合うことになった。
その経験が、僕を少し強くしてくれました。
そして、同期と別れる日が来た
6か月間を共にした仲間たちとも、やがて別れる日が来ました。
それぞれが、それぞれの部隊へ進んでいきます。
寂しさもありました。
でも同時に、
「みんな、それぞれの場所で頑張ろう。」
という気持ちもありました。
僕も、希望していた車両整備の部隊へ進むことになりました。
「やっと整備ができる!」
という気持ちだけではありませんでした。
また新しい環境です。
今度は同期ではなく、先輩たちとの生活が始まる。
新しい人間関係も一から作らなければならない。
緊張していました。
そして思いました。
「ここからが、本番だ。」
25歳
自衛官としての僕は、ようやくスタートラインに立ったばかりでした。
自信がないなら、小さくやってみる
今、
「自信がないからできない」
「失敗したらどうしよう」
「自分には無理かもしれない」
そう思って、一歩踏み出せずにいる人もいるかもしれません。
でも、25歳の頃の自分を振り返って思うことがあります。
やってみなきゃ、分からない。
やってみたら、意外と大丈夫かもしれない。
失敗するかもしれない。
思っていたものと違うかもしれない。
それでも、その経験は自分の中に残ります。
僕自身、日産で学んだ整備技術が、後に自衛隊につながり、さらにずっと先のパラオにまでつながるなんて、25歳のときには想像できませんでした。
人生って、後にならないと分からないことがたくさんあります。
だから僕は今、
自信がついてから動くんじゃない。
動いた経験が、自信になっていく。
そう思っています。
人生をいきなり大きく変える必要はありません。
- まず、一回やってみる。
- 一度見に行ってみる。
- 一人に会ってみる。
- 一つ申し込んでみる。
- そんな小さな一歩でいい。
その一歩が、今まで知らなかった自分を見せてくれるかもしれません。
あなたへの質問
あなたが今、「自信がないから」と止まっていることはありませんか?
自信がつくのを待つのではなく、
今日、小さく一回だけやってみるとしたら、何ができますか?
答えは、大きな挑戦じゃなくて大丈夫です。
その小さな経験が、いつかあなたの自信になるかもしれません。
次回 MY STORY #03
希望していた車両整備の部隊へ。
ところが、自衛隊の仕事は「整備だけ」ではありませんでした。
先輩との人間関係、部隊での生活、訓練、そして新しい挑戦。
安定を求めて自衛隊に入った僕が、少しずつ**「挑戦することの面白さ」**を知っていきます。
普通の父ちゃんでも人生は変えられる。
僕の人生は、まだ始まったばかりでした。



