今の僕を知っている人からすると、少し意外かもしれません。
自衛隊を辞めて、JICA海外協力隊として家族でパラオへ行き、帰国後は自分で仕事を始める。
そんな人生を歩んでいる僕ですが、20代の頃に求めていたものは、今とは少し違いました。
僕が欲しかったのは、
「安定」でした。
日産で社会人として働くことを学んだ
僕は自動車整備士として、日産で働いていました。
仕事は大変でした。
社会人になったばかりの僕にとっては、
「社会人って、こういうものなんだ」
と、働くことそのものを学んだ場所でもありました。
忙しい毎日でしたが、仕事が嫌で仕方なかったから辞めようと思ったわけではありません。
ただ、働き続けるうちに少しずつ考えるようになったことがありました。
「この先、自分はどうなるんだろう?」
当時は結婚も考えていた時期でした。
だから、仕事の忙しさだけではなく、将来の収入も気になるようになっていました。
工場長の給料を知って、将来が不安になった
そんなある日、工場長の給料を知る機会がありました。
正確な金額は、もう覚えていません。
手取りだったのか、総支給だったのかも曖昧です。
でも、そのとき感じたことだけは覚えています。
「自分も、この先こうなるのか……」
正直、がっかりしました。
工場長という立場まで行っても、このくらいなのか。
このまま働き続けて、結婚して、家族を持って、本当にやっていけるんだろうか。
「これでは、ちょっとまずいかもしれない」
初めて、自分の将来を現実的に考えるようになりました。
「安定するなら、やっぱり公務員かな」
そこで僕が考えたのが、公務員でした。
実際、市役所の試験も受けました。
でも、結果は不合格。
もう一度挑戦しましたが、2回目もダメでした。
今振り返ると、もしあのとき市役所に受かっていたら、その後の僕の人生はまったく違うものになっていたと思います。
人生って、本当に分かりません。
当時は「不合格」。
でも、その不合格が別の道へ進むきっかけになりました。
25歳。もう一度「自衛隊」が目の前に現れた
自衛隊は、僕にとってまったく知らない世界ではありませんでした。
実は中学校を卒業するときにも、一度、自衛隊という選択肢が頭をよぎったことがあります。
でも、そのときは断りました。
それから約10年。
25歳になった僕の前に、もう一度「自衛隊」という道が現れました。
きっかけの一つは、義理の兄から勧められたことでした。
しかも当時の僕にとって、25歳は自衛隊に挑戦できる年齢としてギリギリ。
「やるなら今かもしれない」
そう思いました。
いきなり転職せず、まず予備自衛官になった
でも、いきなり日産を辞めて自衛隊に転職したわけではありません。
僕が最初に選んだのは、
予備自衛官になることでした。
そこで実際に10日間の訓練を経験しました。
そして、自衛隊という組織の中を少し知ることになります。
僕が驚いたのは、仕事や学べることの幅でした。
- 車両の整備がある。
- 格闘もある。
- スキーもある。
- 災害派遣もある。
厳しい環境の中で、自分で生きるための知識や技術も身につけられる。
そして、日産で経験してきた「整備」という仕事も、自衛隊の中にありました。
「ここにいたら、いろんなことを学べるかもしれない。」
最初は「公務員になって安定したい」という気持ちから興味を持った自衛隊。
でも、実際に中に入ってみると、それだけではありませんでした。
10日間の訓練が終わったとき、僕は決めました。
「自衛隊でやってみよう。」
会社員から公務員へ。僕には「希望」だった
日産を辞めることに、大きな恐怖はありませんでした。
当時の僕にとって、
会社員から公務員になることは「ステップアップ」
という感覚だったからです。
周りの反応も、意外とあっさりしたものでした。
「頑張れよ」
と応援してくれました。
不安よりも、
「これからもっと良くなるかもしれない」
という希望の方が大きかったと思います。
初めて戦闘服を手にした日
やがて、自衛隊への入隊案内が家に届きました。
その紙を見たとき、
「いよいよだな」
と思いました。
入隊を前に、髪も坊主にしました。
そして駐屯地へ。
そこで初めて戦闘服を支給されたときのことは、今でも覚えています。
少し前まで、日産の作業着を着て自動車を整備していた僕が、今度は戦闘服を手にしている。
僕の人生が、一つ切り替わった瞬間でした。
25歳の自分へ
もし今、あの頃の自分に声をかけられるなら、こう言うと思います。
「いろいろあるけど、頑張れ。」
これから楽しいことばかりじゃない。
大変なこともある。
悩むこともある。
でも、いろんなことを学べるよ。
そして、
その選択は、失敗じゃない。
当時の僕は、安定を求めて自衛隊という道を選びました。
まさかその先に14年間の自衛官生活があり、さらにその先で海外へ飛び出す人生が待っているなんて、想像もしていませんでした。
人生は、そのときには正解かどうか分からないことばかりです。
でも、一歩動いたことで、初めて見える景色があります。
僕の場合、その一歩の一つが「予備自衛官になる」という選択でした。
普通の父ちゃんの人生は、まだここから大きく動いていきます。
次回|MY STORY #02
自衛官になった僕が、次に目指したもの。
整備、訓練、スキー。
「安定」を求めて入った自衛隊で、僕は少しずつ挑戦する面白さを知っていきます。



