MY STORY #04
「絶対に一発で合格する。」27歳の僕が人生をかけてつかんだもの
25歳で日産を辞め、自衛隊に入った僕。
教育期間を終え、希望していた車両整備の仕事に就きました。
仕事を覚えながら、スキー、射撃、格闘、山での訓練など、それまで経験したことのない世界にも飛び込んでいきました。
いろいろなことを経験するうちに、少しずつ自衛隊で働く自分にも自信がついてきました。
そんな僕に、次の大きな目標ができました。
「絶対に、一発で三曹になる。」
当時の僕にとって、それはただの昇任試験ではありませんでした。
その先には、僕が思い描いていた「人生」がありました。
何が何でも、一発で合格したかった
三曹になりたかった理由は、一つではありません。
給料を上げたかった。
昇任したかった。
いい成績を取りたかった。
周りから評価されたかった。
先輩にも負けたくなかった。
そして、結婚して営外で暮らしたいという目標もありました。
今振り返ると、いろいろな気持ちが混ざっていたと思います。
でも、当時の僕の中では、とてもシンプルでした。
「自衛隊でやっていくなら、一発で合格したい。」
それくらい、本気でした。
大げさではなく、あの頃の僕はこの試験に人生をかけるような気持ちでいました。
仕事が終わったら勉強。休みの日も準備した
一発で合格すると決めてからは、とにかくやりました。
仕事が終わって少し落ち着いたら、勉強。
休みの日には、体力づくり。
図書館にも行きました。
走ったり、試験に必要な体力面の練習をしたり。
筆記だけではなく、面接や体力面などの準備も必要だったので、できることはとにかくやりました。
その中でも、今振り返って「自分なりによく考えてやっていたな」と思うことがあります。
ボイスレコーダーを買った
覚えなければならない内容を、自分の声で録音する。
そして、移動中に何度も聞く。
自分でしゃべる。
録音する。
また聞く。
ちょっとした移動時間でも、ずっと耳から試験内容を入れていました。
「どうしても一発で受かりたい。」
その気持ちがあったから、使える時間は使おうとしていたんだと思います。
「よっしゃー!」努力が実った瞬間
そして、結果は――
一発合格。
合格が分かったときは、
「よっしゃー!」
という気持ちでした。
努力が実った。
目標を一つ達成できた。
本当に嬉しかったです。
でも、不思議なことに、
「これでもう安心だ」
とは思いませんでした。
むしろ、
「ここからまた始まるんだな」
という感覚でした。
合格したあとには、約3か月の教育が待っていました。
そこでも勉強や体力づくりは続きます。教育中にも試験があります。
だから、合格したからといって終わりではありませんでした。
一つのゴールにたどり着いたと思ったら、そこが次のスタートラインだった。
三曹になって、人生が一気に動き始めた
その後、さらに約3か月の教育を受けました。
すべての教育を終えて部隊へ戻ったころ、僕の生活は大きく変わっていきました。
営外で暮らすことになり、アパートを探しました。
車も買いました。
そして、結婚。
25歳で自衛隊に入ってから、およそ2年。
27歳ごろの僕にとって、まさに人生の転換期でした。
仕事では三曹になり、責任も増えました。
プライベートでは結婚し、新しい生活が始まった。
その後、子どもも生まれました。
子どもが生まれたころには、新築の家も建てました。
結婚。
車。
子ども。
マイホーム。
僕がそれまで「幸せな人生」として思い描いていたものが、一気に現実になっていきました。
「これが幸せなんだ」と本気で思っていた
今の僕だけを知っている人からすると、
「そのころから、自衛隊を辞めたいと思っていたんですか?」
と思うかもしれません。
違います。
全く思っていませんでした。
むしろ、
「安定の道を進んでいるな」
と思っていました。
日産で働いていたころより収入も上がりました。
ボーナスもありました。
生活は安定していました。
休みの日には家族で出かける。
仕事から帰れば、家には家族がいる。
子どもがいる。
家もある。
仕事では、新しい任務や経験に挑戦する機会もありました。
僕は、その生活が本当に幸せでした。
ここは、今だからこそ大切にしたいことです。
今振り返って、
「本当はあのころから苦しかった」
なんて言うつもりはありません。あのころの僕は、ちゃんと幸せだったんです。
自分が思い描いていた「幸せのレール」を、そのまま走っているような感覚でした。
仕事で挑戦し、家庭では新しい幸せが増えていった
考えてみると、このころの僕は仕事の中でたくさん挑戦していました。
新しい訓練。
新しい任務。
新しい教育。
できなかったことが、できるようになる。
階級が上がれば、責任も変わる。
仕事の中には、まだまだ知らない世界がありました。
一方、プライベートでは、
結婚して、子どもが生まれ、家を建てる。
こちらも初めてのことばかりです。
だから僕には、
「何か新しいことを探しに外へ出よう」
という感覚が、ほとんどありませんでした。
仕事にも家庭にも、新しいことがたくさんあった。
それで十分だったんだと思います。
27歳の自分に、今なら何と言うだろう
今、41歳の僕が27歳の自分に会えるとしたら。
「もっと外の世界を見た方がいい」
とは言わないと思います。
「その安定した人生を捨てろ」
とも言いません。
たぶん、
「よく頑張ったな」
と言います。
日産を辞めて、25歳で未知の自衛隊という世界に飛び込んだ。
三曹になるという目標を決めて、本気で勉強した。
一発で合格した。
結婚して、子どもが生まれて、家を建てた。
そのときの僕なりに、全力で人生を生きていました。
そして、本当に幸せでした。
だから、その幸せを否定する必要なんてありません。
ただ、今の僕なら、もう一言だけ伝えると思います。
「幸せの形は、この先ずっと同じじゃないかもしれないよ。」
幸せの形は、変わってもいい
人生には、転換期があります。
今まで幸せだったものが、間違いになるわけではありません。
昔の選択を後悔する必要もない。
ただ、自分が変われば、大切にしたいものも変わることがあります。
家族が変わる。
仕事での立場が変わる。
出会う人が変わる。
知っている世界が広がる。
そうすると、それまで何の疑問も持っていなかった人生に、ふと小さな問いが生まれることがあります。
「このままでいいのかな?」
僕にも、このあと少しずつ、その問いが生まれるようになっていきました。
でも、それは27歳のころの幸せが間違っていたからではありません。
そのころの僕には、そのころの幸せがあった。
そして、その後の僕には、その後の幸せがある。
今は、そう思っています。
あなたへの質問
あなたが昔思い描いていた「幸せ」と、今のあなたが思う「幸せ」は同じでしょうか。
もし少し変わっていたとしても、それは昔の自分が間違っていたということではないのかもしれません。
その時、その時で、大切にしたいものは変わっていく。
だから人生は、
一度決めた「幸せの形」に、自分を合わせ続けなくてもいい。
今の自分にとっての幸せを、もう一度考えてもいいんだと思います。
次回、MY STORY #05
僕の人生も、ここから少しずつ変わり始めます。
仕事。
家族。
人間関係。
そして、外の世界との出会い。
それまで「このまま進んでいけばいい」と思っていた僕の中に、
「このままでいいのかな?」
という気持ちが生まれていきます。
次回、MY STORY #05。
僕が初めて、自分が走っていた「幸せのレール」に疑問を持ち始めたころの話を書いてみようと思います。
普通の父ちゃんでも、人生は変えられる。
僕の人生は、まだまだ続きます。


